NHKスペシャル 世界里山紀行シリーズ

『フィンランド 森・妖精との対話』

2007年8月19日放送(NHKスペシャル)
49分版&90分版 
ハイビジョン作品


※ドイツ・World Media Festival 銀賞授賞
  Intermedia-globe Silver
  Documentaries: Nature and Wildlife
  World Media Festival 2008 - Hamburg , Germany


※米・ロサンジェルス国際ビデオ映画祭 3位
  Third Place "Certificate for Creative Excellence"
  Environmental Issues, Concerns
  41st US International Video and Film Festival --Los Angels, U.S.A.


※エストニア・マッツァル国際ネイチャーフィルムフェスティバル 最高映像賞
  Matsalu Film Festival 2010 in Estonia
  Best Photography in category "Man and Nature"
  (CAMERA: Koichi Nagura/ Shinichiro Kawaguchi/ Masanori Sawahata)

この作品の原点となった書籍が発売されました

フィンランド・森の精霊と旅をする (Tree People)

フィンランド・森の精と旅をする(Tree People)

発売日: 2009年5月13日
定価: 1890円(税込)   
ISBN: 978-4-903971-01-8

著者: Ritva Kovalainen
    Sanni Seppo
監修: 上山美保子
翻訳: 柴田昌平

発行: プロダクション・エイシア

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スタッフ

ディレクター&プロデューサー: 柴田昌平
撮 影:   那倉幸一、澤幡正範、川口慎一郎
助監督:   岸美佐
制作統括:  村田真一、若松博幸


【撮影エピソード】(柴田)

 「この世には、目に見える存在と、目に見えない存在の両方がある。目には見えないけど、確実にそこにいる存在がある。そのことをどう思うか」。オッリさんと出会った最初の晩、唐突にそう尋ねられた。

 オッリ・クレモラさんは、農牧業をしながら、広大な森で伝統的な林業を営んでいる。私たちがなぜオッリさんを訪れたかというと、フクロウがオッリさんの家の前の巨木に巣を営んでいると聞いたからだった。フクロウの生態と人の暮らしとの関係をきちんと撮るという“科学的”な目的で訪れた。私にとってフィンランドで最初に出会った農民でもあった。その人からいきなり「精霊」について、とくに「森の精」の存在をめぐって、私の考えを問いただされたのだ。内心驚くとともに、飛び上がるほど嬉しかった。日本人にはなじみのある森への信仰や、アニミズム的な考え方と通じるものが、目の前に座っている白人のオッリさんの中にも脈々と流れている。彼はそれを信じながら暮しているのだ。小さな妖精たちが個性豊かに暮らすムーミン谷に通じる世界がここにある。ムーミン谷は現実なのだと確信できた瞬間だった。

 オッリさんは私たちスタッフ全員に、森を頭で理解するのではなく、森の精の存在を体全体で感じることを求めた。私たちは、オッリさんの家から少し離れた、古い木造の納屋をあてがわれた。電気も水道もない小屋での生活。真夏でも室内が零度近くまで冷え込むこともあった。でも壁板の間からは、すきま風だけでなく、森の中の豊かな物音がすぐに聞き取れた。

 オッリさんに連れられて、何度も何度も森を歩いた。オッリさんは歩きながら、木々と対話し、下草に虫たちを発見し、空に鳥の声を聴き分けた。オッリさんの森には倒木がたくさんあった。倒木は大切な存在だった。腐って虫たちの棲みかとなり、虫たちは夏に咲く野イチゴの花の受粉に欠かせない存在となるからだ。

 撮影の当初の目的だったフクロウは、オッリさんの母屋の隣のシラカバの巨樹に10年ほど前から棲み着いている。テレビで見ると簡単に撮れているように見えるかもしれないが、警戒心の強いフクロウが人家のすぐ近くに棲むことは滅多にない。オッリさんの家全体がやさしい空気に包まれているからフクロウも住み着いたのではないかと思えるほどだった。

 オッリさんは、私たちを受け入れ、森のこと、精霊のことを教えてくれるようになった。が、撮影にあたって最も難しかったのはインタビューだった。オッリさんは、私たちには何でも語ってくれたが、カメラがまわっているとき、つまり不特定多数の人につながっているときは、最初けっして言葉を発しようとしなかった。その背景には、フィンランドの歴史があった。数百年来のキリスト教の布教により、神々や精霊たちは異教とされ、斥けられるようになってきた。またヨーロッパの優等生になりたいという近代主義も、精霊たちについて語ることを蔑む気風を生み出した。たとえば、驚くような話だが、ある夫婦はそれぞれ自分のお気に入りの木があったが、互いに馬鹿にされるのではないかと恐れ、年を取るまでそのことを語り合わなかったという。ムーミンの故郷フィンランドも大きく変わってきていた。オッリさんは、自分の考えが、遠い日本から来た私たちには理解できても、近くの隣人たちからは奇異に思われるのではないかと恐れたという。

 またオッリさんは言葉をとても大切にした。そして言葉はどこで語られるべきかを気遣った。家の中で森や木について語ることは嫌がった。森については森の中で、木についてはその木のもとでしか語らなかった。サウナの精霊についても、サウナの中でしか語らなかった。しかも火が温まって精霊が出現したと思える状況になってからしか語らなかった。言霊を信じているというべきなのだろうか。目に見えない存在を語るとき、けっして抽象的にはならなかった。

 番組内に出て来る、哲学的な思索に満ちたインタビューの数々は、森の中で焚火を囲み夜を共に過ごす中で聞いていったものである。

 オッリさんとの出会いをきっかけに、私たちは、精霊や妖精たちの世界へとさらに踏み分けて行った。そしてついに、「森の王」と呼ばれる「熊」の命と真正面からぶつかり合う熊撃ち、カウコと出会ったのだった。